左=夕張鉄道鹿ノ谷車輌区
|
中・右=雄別鉄道雄別炭山ヤード
|
|
炭坑鉄道で最も存在感があり印象的な設備だったのが夕張鉄道鹿ノ谷の給炭塔(左上)である。つくられた時期は不明だが、明らかに北米の給炭塔のスタイルを踏襲している。 →
他に機関車専用の設備を持っていた例としては雄別鉄道(上中・右)があり、これは選炭機とボイラー室を結ぶコンベヤの途中に設けられていたようである。この形の独立した給炭槽は、他に貝島炭坑、日炭高松の専用線でも使用されていた。 このような本格的な設備を持つところは距離の長い鉄道に限られている。夕張は約50km,雄別は約40kmもあるが、北海道の炭鉱の専用線の多くは10km以下である。九州では三井三池、貝島、日炭高松以外ではポケット近くまで国鉄の貨物線が延びており、専用線は非常に短い。こうした小規模な路線では消費する石炭もあまり多くないので、ほとんどは人力によって石炭台に上げ機関車の炭庫に投入していたようである。 |