高校時代は実存主義文学をむさぼり読んだが、大学に入ると、教養ゼミで師事した教授の影響もあって、もっぱら日本的な美を追究する作品を読みこむようになった。
教授の運転手として幾度も一緒に鎌倉・梶原の立原正秋さんのもとを訪れてお話をうかがったり、故・川端康成邸で秀子夫人の聞き書きのお手伝いをしたことも大きい。
あるいは日本文化研究のアメリカ人留学生の谷崎論の翻訳をしたり。
余談だが、学生時代に教授と共編で川端康成関係の本を大手出版社から上梓したことは、結果として出版界に就職するさいの大きな武器となったことも、事実である。
ところで、川端文学の最高傑作といえば云うまでもなく「山の音」だが、人口に膾炙しているのは「伊豆の踊り子」、そして「雪國」だろう。その有名な冒頭部分。
「國境の長いトンネルを抜けると雪國であつた。夜の底が白くなつた。信号所に汽車が止まつた。」
エドワード・サイデンステッカーはこの冒頭を、
「The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay
White under the night sky. The train pulled up at a signal stop. 」
と英訳している。われわれ日本人にとっては、「國境の」という表現によって、列車が太平洋側と日本海側の分水嶺をくぐったこと、帝都東京という都会から隔絶された世界に主人公が入ったことが肌で感じられるわけだが、名手サイデンさんをもってしても、そのニュアンスを簡潔に訳出することは難しかったことが、よくわかる。