しかしこの路線の大きな魅力だった石灰石輸送列車も1998年8月をもって消え、残念ながら、いまや青梅線はいまひとつ足を向ける気持ちにならない、私にとってはなんだか近くて遠い鉄道となってしまったようだ。 と言うよりも、どうやら私にとっての「青梅線」というのは、少年時代の遠足の思い出を核とした心象世界のなかでのみ、いまも生き生きと走っているようなのである。奥多摩の山や川のすがたは、あの頃とあまり変わらないというのに。
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