京都駅 山陰1番2番ホーム 6

その後も、西尾克三郎さんが主宰していた「酒論会(しゃろんかい)」出席のために、大学の休みを利用して西下したときや、 京都で呉服屋修業の丁稚奉公を始めた畏友・箱庭亭正助くんを訪ねるときなど、時間があれば京都駅に寄って、山陰1番2番ホームで わざわざ小一時間ほどすごすことになった。まだDF50が健在だったころのことだ。

右) 山陰1番2番ホームの北側には、機回し線と3本の留置線があった。停車中のDF50 539号機は、この少し前に秋田から米子に転属になったもの。1961年の秋田国体の際にはお召し列車(当サイトお客様「青山東男の主張」ページ参照)を重連で牽いている。1970年12月

ちなみに月1回の「酒論会」は、西尾さんのお人柄そのままの、自由闊達・談論風発の素晴らしい雰囲気のなかで、集まった関西の諸先輩に 様々なお話を伺える楽しい会合で、会場は大阪・梅田のアサヒビヤホール。生ビール飲み放題だったから、夏などは夕方までに せっせと汗をかいて美味しい生ビールをたんまり飲もうと、大山崎あたりに出張って、ふだんは撮らない東海道本線や阪急の撮影に勤しんだのも、懐かしい思い出だ。 まあ、懐のさびしい学生が、会費のモトをとろうなどとセコいことを考えたというのが、本当のところだろうが。

左) 1番線の終端から見た様子。正面が梅小路・大阪方。DCの左隣が東海道上り1番線。画面左端に見えているのが東海道線2番ホーム。1976年8月

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