左)1970年当時の京都駅構内図。この図では山陰1番線と東海道上り1番線が続いているように見えるが、実際は下の図のように山陰線のみが行き止まりとなっていた
なお、下図は、高田三郎撮影の70年代の画像より書き起こしたもので、実際の配線とは渡り線や分岐位置などがずれている可能性がある
当時の京都駅は、東海道線が1から7番まで、奈良線が8番、11番から後が新幹線になっており、山陰線だけが「山陰1番」「山陰1番」というホーム番号になっていた。
現在は、北側の留置線部分にも新たにプラットホームができて、行き止まりのホームには30から33という番号が付いている。
30番(かつての山陰1番)は関空特急「はるか」専用ホーム、31から33が山陰線(嵯峨野線)である。
また、東海道線上り1番は、「0番線」と改称されており、1番線は存在しない。奈良線のホームは、8番から10番までの3面に増えている。
左)誘導係を乗せて1番線を進むDD51。1976年8月
右)2番線の列車に客車が1両増結される。1976年8月