上)この当時、京都駅では客車列車を牽くDD54、DF50、入換え用のDD13が見られた。後にはDD51が投入される。1970年12月
右)70年代半ばまで、山陰線に限らず都市近郊の非電化区間では、朝夕にはディーゼルカーではなく客レが多かった。1970年12月
なにせ、夕方から夜にかけて、16時02分発の福知山行き 841レにはじまり、16時59分1827レ、17時21分 843レ、17時41分1829レ、 18時13分 845レ、18時45分1831レと、頻繁に客車列車が出発していった。そのすべてが蒸機ではなかったものの、DD54だってなかなかに魅力的。 そのあとも、21時08分1833レ、そして22時03分にはDL牽引の寝台車つき下関行長距離鈍行 829レも発車していったが、「音戸」の座席確保のために 遠く離れた7番ホームで並ぶ必要があったため、残念ながらこの列車はカメラに収めてはいない。