井笠鉄道を頻繁に訪れていた高校生のころ、笠岡へは京都始発22時58分の急行「音戸2号」を利用した。笠岡着が3時21分。乗車時間は4時間半と短いが、井笠の始発に間に合う夜行に東京始発のものはなかったし、この列車を利用すれば、すこしだが、列車のなかで睡眠がとれる、というわけだ。
東京から京都まで直行するにせよ、途中で近鉄内部・八王子線に立ち寄るにせよ、とうぜん京都駅での待ち時間ができる。
その時間の多くを、わたしは山陰本線のホームですごすことにしていた。着いた列車から降りる人の波をぼんやりと眺めたり、発車前のC57やDD54にカメラを向けたりしながら、翌日の撮影へのエネルギーを充填した。
体力温存のためか、駅の外へ出て撮影することは、めったになかった。
右)京都タワーにも灯がともるころ、1番線にはC57の重連。1970年12月
下)夕焼け空を背景に、山陰2番線で出発を待つ列車。1971年3月