山国の北 5


上杉駅にて

合川からは米代川の支流・大阿仁川(現在はたんに阿仁川と呼んでいるようだ)沿いに線路は走るのだが、米内沢までは古い河岸段丘の麓沿いで、川まではやや距離がある。
 合川の次は上杉(かみすぎ)という、杉の木立に囲まれた小駅。といっても、中世後期には秋田(安東)氏の被官・上杉氏がこの地を治めたそうで、そこまで見に行く余裕はなかったが、高台には館跡が現存するという。

 上杉から3㌔ほどで米内沢(よないざわ)。ここ米内沢は大阿仁川に面した小さな平地とやや広い丘陵地からなり、流路が半円を描く場所にはかつては港が設けられていた。鉄道が通じる以前は河川が交通手段の中心であり、江戸時代の鉱石運搬も日本海に面した能代まで川舟にたよっていた。また阿仁街道と各地へ向かう街道もこの地で交差するため、まさに阿仁地方の玄関口として栄えたそうだ。

日本海で獲れた鰰(ハタハタ)が米代川・大阿仁川経由で米内沢港に届くと、これを買い求めるために上流の村落から70艘もの小舟が集まる、市も頻繁にたてられる、といった按配。中世には阿仁地方を支配した豪族・嘉成氏が居館を構え、慶長以降は佐竹氏の支配下となっている。

そんな米内沢だが、鉄道の開通、鉱山の閉山、河川交通の衰退など幾つかの要因が重なって、昭和になってからは昔日の面影を失ってしまったという。県立高校があるのが昔の繁栄の名残か。
 たしかに、これといって魅力のないところで、街をぶらぶら歩く気にもならなかった。蛇足だが、地図の上で米内沢から山越えに真東を目指せば、花輪線の八幡平に達する。そういう位置関係だ。

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 降りしきる雪の中 米内沢を発車