しかし2004年も後半になるや、それらの家々はだんだんに立ち退いていき、いまやアスファルトで固められた更地になってしまった。
熱を吸収してくれる緑の木々が消えたから、夏はクソ暑くなった。まだ開通していないが、雑司ヶ谷―鬼子母神前間の線路の西側は、広い再開発道路が並行することになるようだ。
あの焼き鳥屋もとうに消え、なんだか無味乾燥な、荒涼とした空間になりつつあるのだ。
2010年秋からは東池袋4丁目あたりの線路脇の家屋の立ち退きも始まり、昭和の東京の香りを残した裏町を走り抜ける都電の姿は、とうとう過去のものとなってしまったのである。