都電 鬼子母神界隈 2003-2004 その6

しかし2004年も後半になるや、それらの家々はだんだんに立ち退いていき、いまやアスファルトで固められた更地になってしまった。
 熱を吸収してくれる緑の木々が消えたから、夏はクソ暑くなった。まだ開通していないが、雑司ヶ谷―鬼子母神前間の線路の西側は、広い再開発道路が並行することになるようだ。

 あの焼き鳥屋もとうに消え、なんだか無味乾燥な、荒涼とした空間になりつつあるのだ。
 2010年秋からは東池袋4丁目あたりの線路脇の家屋の立ち退きも始まり、昭和の東京の香りを残した裏町を走り抜ける都電の姿は、とうとう過去のものとなってしまったのである。

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高層ビル
路地の名残 上)住宅が無くなると道は残っていても路地らしさは消えた
焼き鳥屋 上)踏切脇の焼き鳥屋 2003年11月
下)軽自動車の向こう側が焼き鳥屋のあった場所
焼き鳥屋のあった所