40年ほど前、軽便鉄道めぐりの旅の帰路、ふと思いついて急行「銀河2号」を富士駅で降りて、普通電車に乗り換えて吉原へ行き、岳南鉄道を訪れたことがある。
東急から5000系「青がえるが入線するはるか前で、まだ木造車を鋼体化した車輛や小田急流れの電車が元気に走っていたころのことだ。
カメラに1枚残っているカラー・ポジで、吉原―日産前(現・ジャトコ前)間で見事な富士をバックに電車を撮影し、「これは鉄道雑誌の表紙向きだな。売り込みに行こう」なんて勝手なことを夢想したのも懐かしい。
そのときの富士山は、たしかに美しかったが、ちょうど製紙工場の廃水による田子の浦のヘドロ問題が騒がれていたころで、空気までもがヘドロ臭く、おまけに小さな排水路に足を落として、靴がヘドロまみれになって閉口させられた苦い経験がある。