中坊と汽車 八高線と川越線2






 左)拝島駅構内で蒸気がすれ違う。1969年3月

 下)拝島~東福生間をゆくD51重連。1969年3月




1969年3月も同じく拝島と金子。そして翌4月には、いよいよ川越線を訪れている。狙うは朝の客車列車、822レである。
 822レは高麗川発が6時25分で、大宮着が7時27分。間に合わせるためには吉祥寺で始発電車に乗り、中央線、赤羽線、 京浜東北線を乗継ぎ、大宮発6時26分の川越線始発に滑り込まなければならない。


撮影地は指扇と日進の間と決め、6時38分に指扇で下車。客レの指扇発車は7時14分だから、大慌てで撮影場所を決めなければならなかった。
 とにもかくにもカメラにおさめると、この日は高麗川へ向かい、高麗川―東飯能間で八高線を撮影し、夕方ちかくは西川越―的場間で花畑の向こうを走る九六を狙った。




  上)川越線には9600牽引の客車列車があった
  日進~指扇。1969年4月。

  右)この花畑は当時川越線の有名撮影地。
  西川越~的場。1969年4月

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