構内は除雪されているところもあるが、機関庫のあたりは雪だらけである。事務所に行って尋ねると、「今日は動かない」という。事情を聞いてみると、いまは春休み中で客がいないから運休、ということであった。通学に利用する学生を除くと一日に乗る客の数が5・6人だそうである。「ミルクを飲みに来ませんか」には、この軌道には貨物列車が走っていないと書かれていたが、要するに道路が整備されて牧場からの集乳にはもう使われていないのだ。
事務所の人の話では、「4月1日から5月末までは運行する。その後は通学用に代行スクールバスを動かす。その燃料代は、ディーゼルロータリーを何度も使ったことにして捻出する。学生の乗る分だけでは大幅に赤字で、実は廃止されたほうが儲かる」のだそうだ。「レールが10mで120kg、全線が30km以上でその2倍。売ればけっこうな金になるんだ」。まだ撤去されていなかった鶴居村営軌道のレールも払い下げが決まったという。はるばる東京から軌道を見にきたというのでサービスしてくれたのだろうか、外部にしゃべってはまずそうな話題もいろいろ教えてもらう。
「そういえば去年、写真を撮りに来て枕木を運ぶのを手伝った人がいたなあ」 「あ、それは僕の知ってる人(けむりプロの杉さん)かもしれません」 「メガネをかけてた」 「たぶん、その時の写真が去年雑誌に載ったんですよ」 「それ送って欲しいんだけどな」…というような会話をしたメモが残っている。後に杉さんに確かめたところでは、枕木を運んだ記憶はないそうで、別人だったようだ。
ここの路線は、とても不思議な形をしていた。開運町から南西へまっすぐ進んだあと、ほぼ180度向きを変えて4分の1ほど戻り、それから直角に曲がって釧路川の支流がつくる湿原を北西に進んでいく。この折り返しは、低い丘があるため、極力トンネルや切通しなどの工事を避けたからだろう。
道東で28日まで過ごした後、再び道北と道央に向かう予定なので、4月に入って再度来るのは断念せざるをえない。何ヵ月も前から地図を見て湿原の中をゆく小さな列車について想像をたくましくしていたが、ついにその光景を実際に見ることはできないままになってしまった。